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「偉人」ではない女性たち。
 森まゆみの文章はすごく好きなのだけれど、読むのは『その日暮らし』のような日常エッセイがほとんどで、たぶん彼女の「本領」であるのだろう歴史関連の本はあまり得意じゃない。評価の高い『鴎外の坂』も、読みかけて途中で放り出してしまったくらい。 東京という町にあまり思い入れがないせいか、文学的な素養がないせいなのか(たぶんその両方)。
 ただ『明治快女伝』に始まる一連の女性史シリーズはその限りじゃない。1本1本が短くて読みやすいせいもあるのだろうけれど、恋に芸術に、今見ても大胆に、力強く生きる女性たち1人ひとりの姿に、いつも驚かされ、勇気づけられる。現代との価値観の違いなのかもしれないし、そんな生き方をしたのはほんの一握りだと言ってしまえばそれまでだけれど、彼女たちが「歴史上の偉人」ではなくて血の通った人間だったのだ、ということを実感させられるのだ。

  今回の『大正快女伝』は、もともと単独で1冊の本にまとめる予定だった、翻訳家・評論家の望月百合子への聞き取りが下敷きになっているのだそう。そのためもあるのか、「明治」や「昭和」よりさらに、あまり著名でない女性が多いという印象。友情や愛情で結ばれていたり、ともに何らかの団体にかかわっていたり、登場人物どうしの関係性が色濃く出ているのも面白かった。多くが「文学」という共通項で結ばれていたからなんだろうか、この人とその人がここでつながり、あの人とこの人がここでつながる、といった、その濃密な人間関係には驚かされる(それだけに、初出時と掲載順が異なるようで、そのつながりが若干わかりづらくなっているのが残念)。

 ちなみに、「女性解放の象徴」みたいに言われる平塚らいてうを、「何かを始めるには果敢だが、長つづきせず放り出して平気でいる人」と評する(でも、だからこそ横紙やぶりができたのだろうとも書いている)など、ときに辛口なコメントがこのシリーズの面白さの一つでもあるのだけれど、今回の山田順子(竹久夢二や徳田秋声の恋人だった女性)の項での率直な辛辣さは、ちょっと順子がかわいそうになるくらい。いや、確かに引用されている順子の文章は、お世辞にもうまいとは言えないんだけれど。
| riyu | 11:18 | comments(39) | trackbacks(0) |
元気が出る

 ずいぶん前に読んだ本を、古本屋で見かけて再読。たしか、直木賞受賞作だったような。

 「ジハード(聖戦)」とタイトルはものものしいが、主人公たちはごく普通の女性会社員。20代から30代、中堅保険会社で「新人でも2日あればできる」と言われる事務の仕事をしている。
 
 主人公として登場するのは、30を過ぎ、職場でも「お局」扱いの康子、美人で職場のアイドルながら、ひたすら条件のいい男との結婚を目指すリサ、翻訳家志望、「自立した女性」を目指しながらもなかなかうまくいかない沙織、の3人。そこに、一番のやり手ながら、妊娠で会社を辞めることになったみどり、仕事も家事も何をやらせても「鈍い」紀子、康子の学生時代の友人でイタリアンシェフの純子らが絡む。
 
 話の進み方自体は、ちょっと不自然な気がするところも多々あるのだけれど(会社の体質があまりにも古いような気がする、のは保険会社を知らないから置いておいても、出てくる男がみんな「付き合いだしたら即プロポーズ」なのはちょっと萎える)、なんとなく読んでいて元気になれるのは、登場人物がみんな、方向性は違えど「一所懸命」だからだろう。
 個性もやりたいこともさまざまながら、それぞれに足掻いて、ときには失敗して落ち込んで、また立ち直って。個人的には、「セレブな結婚」目指して邁進する、一方で意外にさばさばと男っぽい性格らしいリサの物語が好きだ。

| riyu | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
切ない
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田辺聖子はやっぱりスゴイ。と思った。

ここのところ、田辺聖子の古い作品が次々新装版で出ているけれど
(『言い寄る』のシリーズとか)、これもその一つ。
初出を見ると、昭和52年の『女性自身』になっている。

主人公は28歳の「ハイ・ミス」眉子、恋人は妻子持ちの40代・東野という、
いかにも田辺聖子な組み合わせ。
出会い、度重なるデート、旅行、交通事故、眉子の同僚の結婚、東野の妻の病気…
物語が進むうち、東野の家族の存在はありつつも、ひたすらに甘く幸せだった恋に、
少しずつ少しずつ、悲しみの影が差していく。

随所随所の描写には、もちろん時代が感じられるのだけれど
(「ハイ・ミス」という言葉もそうだし、眉子の同僚や上司の物言いとか、
携帯電話が出てこないどころか、眉子のアパートには電話がなかったりするところとか)、
それを除けば、つい最近の小説だと言われても違和感がない。
心の底に少しずつ澱が溜まっていくような、
眉子の心の変化や揺らぎに、すごくすごく共感してしまう。

ラストシーン近く、東野からの「出てけえへんか」という電話に、
「行って、喜ばせてあげたい。笑わせてあげたい」と思いながらも、
必死に涙をこらえて電話を切る眉子の姿が、切ない。
| riyu | 18:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
強烈に面白い、一級の自叙伝
JUGEMテーマ:読書

 強烈に面白い。

 作者の金子文子のことは、森まゆみの『明治快女伝』で初めて知った。大正時代のアナーキストで、朝鮮人の同志で夫だった朴烈とともに、天皇暗殺未遂事件の容疑で逮捕。死刑判決ののち、恩赦を受けるがこれを拒否し、わずか23歳で獄中で縊死――。
 『何が私をこうさせたか』は、その短くも壮絶な生涯を彼女が獄中で振り返った自伝である。以前から読んでみたかったのだが、古い本だけに読みづらいかなと敬遠していたところ、3年ほど前に増補新版が出ていたのを発見して即座に手に取った。

 壮絶な、という言葉を使ったけれど、文子の生涯はまさにその二文字に象徴されるといえるかもしれない。
 父親に認知されなかったために「無籍児」として学校にも通えなかった少女時代。貧しいながらも家族揃った生活は長くは続かず、父は母の妹と駆け落ちして家を出てしまう。母親の実家に身を寄せるものの、母親も再婚して文子を捨てる。
 次に行き着くのは父方の祖母が暮らす朝鮮だが、ここでも「大事に教育して跡継ぎにする」という口約束はどこへやら、学校へもろくに通えず、何かと言えば暴力をふるわれる、地獄のような日々が待っていた。自殺を考えて列車の線路にまで行くも、「私が死んでも、祖母たちは喜ぶだけだ」という思いから踏みとどまったという(しかも、文子の記によれば、書かれた内容は祖母やおばから受けた虐待のほんの一部でしかないのだそう。本当のことを書いても酷すぎて信じてもらえないだろうから、というのだ)
 やっかい払いのように日本へ戻された後、しばらく一緒に暮らした父親とも衝突し、文子は東京へ。アナーキズムとの出会い、そして朴烈との出会い。運命の相手と信じた彼と、心を通い合わせるところで自伝は終わる。

 文子はよく「ニヒル」という形容詞で表されるけれど、裏切られることの連続だった彼女の人生を思えば、それもむしろ当然というべきか。
 それだけに、最後の部分、「朴烈と公園で手をつなぎ、冷たいほっぺたをくっつけ合ってじっとしていた」というような、若い恋人同士らしい場面にはちょっとほっとさせられる(たとえそれが、「同棲記念に、新婚旅行のかわりに秘密出版をしよう」なんていう会話の後だったにしても)。
 文子から朴烈への求婚シーンも、『明治快女伝』で読んだときはもっと理性的な、「同志愛」的なものをイメージしていたのだけれど、文子自身の筆で書かれるそれは、本人が「何という下手な求婚だったろう」「今から思うと噴き出したくもあるし、顔も赤らんでくる」と書いているように、なんとも不器用で、一所懸命で、可愛らしくさえある。

 政治的な意味はさておいても、一気に読み進まずにはいられない面白さのある、一級の自叙伝だと思う。
| riyu | 12:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
一言半句の戦場
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 没後20年を前に刊行された、作家・開高健の単行本未収録原稿・対談集。
 開高の存命中は実は「釣り好きの太ったおっちゃん」くらいのイメージしかなかったのだけれど、亡くなって5年くらい後に、『ベトナム戦記』や『輝ける闇』を読んで、その文章の圧倒的な「豊かさ」に打ちのめされた。膨大な語彙を駆使して描かれる文章から立ち上る熱帯の匂い、食べ物の匂い、人の体温。一番好きな『夏の闇』なんて、いったい何度読み返したことかわからないし、いまだに海外に旅に出るときには、鞄の片隅にしのばせてしまう1冊だ。

 本書は未収録のものだけに、ごく短いエッセイや対談がほとんどだけれど、そこからも開高の持ち前の行動力とパワー、豊かな「ことばの力」があふれんばかり。
 中でも面白かったのは、関西弁ベタベタの小田実との対談(ちなみにタイトルは「胃袋放談・ラブホテル考」)だ。いかにも「らしい」双方の発言にクスリとさせられると同時に、いまや2人ともこの世の人ではないことを思うと、なんとも淋しい気持ちになる。

 あと、面白かったのが仏文学者の桑原武夫(この人もとっくにあの世の人だ)との対談。開高は、早い時期から割り箸は環境破壊の原因だ、と思っていたらしくて、そういう話がちょこちょこ出てくるのだけれど、ここではさらにアマゾンなどの森林破壊についての話をしている。で、「ブラジルの森林局かなんかに”森林を破壊しないでくれ”と言ったとして、向こうに”我々だけにアマゾンの森を守るためにインディオ並みの暮らしを城というのか”と言われたらどうするか」なんていう発言が飛び出すのだ。このころは「地球温暖化」なんて言葉はまだない(多分)ころだから、もっぱら「森林がなくなったら酸素がなくなる」という話なのだけれど。
 そういえば、これは桑原の発言だけれど、「今日は日本的に盛りそばを食おうとしても、蕎麦の80%は輸入、お醤油も外国の大豆、国産は刻みネギくらい」なんて話も。
 日付を見たら、1984年の対談。四半世紀、人類は――というか日本人は、あんまりそこから進歩できていないんじゃないか、と思わされる。
| riyu | 09:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
はたらくわたし
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 エッセイスト・岸本葉子さんによる「仕事日記」。以前に『炊飯器とキーボード』という日記形式のエッセイも出版されていたけれど、そっちは本当に「日常生活」を書き留めたもので、何を食べた、何を買った、どこへ行った、なんて話が中心だった。一方この『はたらくわたし』は、仕事の面にのみ焦点を絞ったもの。取材や撮影、打ち合わせに飛び回る1日があるかと思えば、家にこもってひたすらパソコンと向き合う1日も。執筆に取りかかる前には必ず「下書きメモ」を作る、なんていう、具体的な仕事の進め方なんかもかいま見える。

 それにしても、他のエッセイを読んでいてもそうだけれど、本当に仕事が好きで真面目な人だなあ、と思う。1本の原稿を何度も何度も書き直す…のは当然なのかもしれないけれど、「書く」だけではなく企画を立てたりといった営業的なことにも積極的だし、自分の言動を客観的に見返して反省したり、他の人のやり方から学ぼうとしたり、自己研鑽を怠らない姿勢にも感心させられる。

 フリーや在宅で働く人ではなくても、自分の「仕事の仕方」「仕事との向き合い方」をちょっと見直すきっかけをくれそうな1冊。
| riyu | 09:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
久しぶりに
 ku:nelを買った。

 創刊当初はほぼ毎号買っていたのだけれど、なんだかちょっと飽きてしまったというか、やたら海外の話になってしまうのにも食傷したというか。
 今回買ったのは、表紙のトーストがあまりにおいしそうだったのと、「おはよう!フライパンパン」という特集に惹かれたから。

 フライパンで焼くパン=フライパンパン。ベーキングパウダーを使うものと使わないぺたんこのパン、それからイーストで膨らませるものと、3種類の作り方が載っている。
 嬉しくなって最初の2つを作ってみたけど、なかなか手軽でおいしい。あんまりふわふわじゃない、粉の味がしっかりするパンが好きなので、全粒粉を使うぺたんこのパンは、特に。書いてあったとおり、焼きたてにバターとお砂糖をかけたらじゃりじゃりしておいしかった。

 やたらとスピリチュアルな話になってしまう「誰かのライフスタイル」より、自分で実践できるこういうネタのほうが好きだなあ。
 ということで、最近気に入っているのはこれ 。と言いつつ、まだ4月号買えてないんだけど。1月号は特集が「豆のある台所」だったので、もちろん即買いした。

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| riyu | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
文句なしに面白い
 この作者の本を読んだのは初めてだけれど、面白かった! 理屈抜きに面白い、と思える小説に久々に出会った感じ。

 最初の数ページは、歯切れのいい(よすぎる?)主人公の語り口になじめなくて読みづらかったのだけれど、すぐにそれが心地よくなって、最後まで一気に読み進んでしまった。
 半人前(?)の噺家である主人公も、彼に落語を学ぶことになった「生徒たち」をはじめ周りの登場人物も、欠点だらけで、でも決して悪人じゃないのがリアルで魅力的(小学生の村林くんがおっとこまえで、好きだ)。それぞれが抱える問題が、単純に「めでたしめでたし」という解決でもない(まだまだいろいろあるんだろうな、という感じ)なのもよかった。

 映画も見てみたい。
| riyu | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
社会起業家
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 昔、フェアトレード関連の雑貨を置いている店の店番をしていたとき。通りがかりの女性が、商品の一つを指さして、非難がましい口調でこう言った。
 「こんなものを作らせるなんて。彼らの伝統的なものは素朴で、それだけで素晴らしいのに、売ることばっかり考えてるんだから」
 彼女が指さしたのは、アフリカのデザイナーの作品であるポストカードのシリーズ。鮮やかな色彩を使ったかっこいいデザインで、その店の売れ筋商品の一つだった。

 「アフリカ(というか、たぶん「発展途上国」)の人がつくる工芸品は、みんな素朴で味がある」という感覚自体がものすごいステロタイプなのだけれど(多分そのデザイナーは、売るためにそういうデザインをさせられていたわけではまったくないだろうし)、もう一つ引っかかったのが、「売ることを考えちゃいけないのか?」ということだった。
 作っている人も、それを売る人も、売れなければ食べていけない。伝統的な工芸品を守る、とかそういうことは別の問題として、「お金を稼ぐこと」を考えるのが、そんなに悪いことなんだろうか――。
 当時まだ20歳そこそこだった私は、その疑問をうまく説明できるだけの言葉も持っていなかったのだけれど。

 この本を読んで、そんなことを思い出した。
 NPOは「企業は利益のことしか考えていない」と非難し、企業は「NPOはきれい事ばっかりで、ビジネスの相手にならない」と見下す。そんな単純な対立構造が、もういい加減過去のものになってもいいはずだ、と思う。
| riyu | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
知らない世界を知る面白さ
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 ご自身もろう者で、NHKの手話ニュースキャスター、そして手話通訳養成の教師として活躍されている木村晴美さんのブログをまとめた1冊。

 木村さんは、10数年前に「ろう文化宣言」を出され、手話は「日本語の代わり」「日本語から派生したジェスチャー」ではなく、文法体系も表現も日本語とは大きく異なる、一つの独立した言語なのだということ、そしてそれを操る人たちによってつくり出された「ろう文化」もまた、豊かな一つの文化なのだということを、一貫して主張し続けられている。
 この本では、そうしたろう者と聴者との文化の違いから生み出されるズレや、手話に対するいろんな誤解などを読み解いてくれているのだけれど、あまりにも自分が知らなかったことだらけで驚かされた。
 手話サークルなんかで学ばれている手話の多くは「日本語対応手話(日本語の語順や文法に手話の単語をあてはめたもの)」で、ろう者が使う「日本手話」とは別物なんだ、なんてことも、恥ずかしながら初めて知った(通訳者でさえ日本手話を使える人がほとんどいなかった時代があった、という話はちょっとびっくりした)。
 そのほかにも、「ろう者は久しぶりに会った相手が”太った”と思ったら、聴者のように遠回しではなく、迷わずそう言う」とか、「赤ちゃんの写真を見せられたとき、お決まりのように”かわいい”と言う習慣はない」とか、「そうなのかー」と思わされる話が満載で、興味深い。

 もちろんろう者の間にもいろいろな意見はあるのだろうけれど、ろうの人たちは単に「日本語を口ではなく手で話す人たち」ではなく、「手話という違う言語を話し、違う文化を持っている人たち」なのだ、という視点には納得させられる部分が多かった。口調はときにかなり辛口になったりもするのだけれど、単純に「知らないこと」を知る面白さを、存分に味わわせてくれた1冊である。 
| riyu | 20:01 | comments(0) | trackbacks(0) |

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